アプローチングミニマム 楽観主義キャプテンの俗世迷飛行フライトログです!

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風薫る爽やかな初夏の季節になりました。新緑が芽生えて新鮮な空気に溢れる時期です。緑溢れるこの時期、絶好のトレーニング日和です。心も体も大いに鍛えよう☆

沖縄復帰 40周年

 40年といいますと、長い歳月だったね。

 沖縄というといろいろあった。戦時下においてはそれこそ火だるま状態となっていた。戦後においてもアメリカの占領政策によっていろいろ大変な目に遭ってきた。

 その沖縄が、名実ともに日本と呼べる領域の範疇内に入って40年が経過したということです。

 それでもかかえている問題はたくさんある。沖縄県民の切実なる訴えというのは、なかなか届かないんだな。

 日米関係において、どうも日本はアメリカに対して腰が引けてるなというような気がする。アメリカのほうは、日本を守ってやるのだからといったような感じで高飛車だ。

 その集大成となっているのが「日米安全保障条約」と「日米地位協定」というやつだ。ぱっと見たところ、日米は対等なような気がするけれども、実際のところ、例えばアメリカ軍の兵士が沖縄で何か悪いことをする、そしてその兵士がアメリカ軍基地に入ってしまえば日本の警察はそのアメリカ兵を逮捕できない、というように、日本のほうが立場が不利なんだよな。

 沖縄にはアメリカ軍基地がたくさん集結している。アメリカ軍基地というのは治外法権なんですよ。

 こうした中でも、アメリカと対等なパートナーシップを発揮しつつ、日本の自立性も高めてゆこうと懸命に模索しているのは分かるけれども、空回りしている。

 考えてみれば、こうした良くない状況をますます悪化させたのが、例の民主党政権の最初の首相の鳩山さんだな。沖縄の普天間基地。沖縄県の外へ移そうということでいろいろ模索した。確か期限も決めて「何ヶ月以内には移設を実現する」とかいうようなことも言ってた。

 ところが結局実現せず。鳩山首相(当時)は「何ヶ月以内とか別に法的に決まっていることじゃない」とかいって笑ってごまかしてたなあ。その場面、YouTubeにもUpされていたよ。

 日本はアメリカに対して低姿勢だな。日米安保というのは、日米関係は対等だというのが原則なのだから。アメリカに対して言うべきことは言うべきです。沖縄の米軍基地縮小、もしくは撤廃、国外移転、いろいろある。

2012-05-16 トラックバック:(-) コメント:(0)

いつも心に「ネクタイ」を!!

 こういう世知辛くて冷たい世の中。普通に生きてゆくには精神的にきつい。

 こういうときであるからこそ、常に元気ハツラツでありたいものだ。ハイテンションでありたいものだ。明るくありたいものだ。

 昨日、芸術について書いたけれども、このための芸術ではなかろうか?と思う。例えば音楽。いろいろなタイプのアーティストがいる。それらの人たちがいろいろなジャンルの楽曲を奏でている。そういった曲を聴くことによって、私たちの心は揺さぶられる。

 アルファ波とかアドレナリンとかが出て元気になったり、ときには昔のある出来事を思い出したりとかして泣けてきたりもするだろう。

 大概にして音楽というのはその時代の風潮が反映されたのが多いような気がする。そういった音楽を聴いて私たちは感動したり涙したりするんだなあ。

 あと絵画とか。私は絵のことは詳しくは知らん。でもこういうのはロゴスではなくパトスで捉えるものだ。知らないもの、分からないものを無理して分かろうとすることはない。理屈で伝わらなくとも、ハートに訴えかけてくる絵画というのがある。そういったのを見て感動すればそれでいい。

 まっ、とにかく、モティベーションを高めて生きてゆかないと何も出来ない時代。常に元気であるためには、音楽を聴いたり、絵画を鑑賞したり、芸術作品に触れるのが一番。

 受動的な態度だけでもだめだな。自分でシンガーソングライターにでもなったつもりで何か楽曲を作ってみて、自分で歌ってみようじゃないか。何でもいいから絵を描いてみようじゃないか。そして小説でも書いてみようじゃないか。

 こういったことを、趣味の一環として持つというのもいいことだと思う。

 芸術に触れることによって、人間の心は豊かになるもの。人間の心というのは、実に神経質で感じやすいものなのだなとつくづく思う。雑然としたこの私であっても、いろいろな音楽を聴いたりして感傷に浸ったりするものですもの。

2012-05-15 トラックバック:(-) コメント:(0)

芸術について

 私は学校時代はブラスバンドをやっていた。

 だから意外と芸術家タイプなんじゃないかと思われがちだが、意外とそうでもない。

 まず文学の分野。国語は確かに得意やったな。文章を書くのは好きなほうだ。読書も好む。感受性もあるほうだとよくいわれる。

 ブラスバンドというから、肝心かなめの音楽。これも得意なほうだ。楽器を演奏したりするのは得意だな。特にキーボードが得意中の得意。ギターはだめだ。ボーカルとかも、もう少し磨けば上達するだろう。

 いろいろ分野はあるんだけどね。書道とか美術とかが全くだめだ。

 硬筆、毛筆、字は下手だ。ワードやエクセルで文書作成するのに慣れてしまったというのもあるけれども、手書きで書いた文字なんぞ、体裁のあったもんじゃないよ。

 毛筆でかな文字とかをすらすらっと細くしなやかに書いたりする人がよくいるけれども。

 また絵も下手。確か中学生の頃、絵画コンクールとかいって、大濠公園とか博多埠頭とかにいって風景画を描いたりしていたものだ。絵の具とかパレットとかを持参してね。

 でも全然話しにならないほどだめだった。はい出来ましたとかいって先生に見せて、またえらく手を抜いたなとかよくいわれていたものだ。

 絵画や書といった芸術作品というのは、それを創造した人の魂が込められている表現物だ。

 しかしこういったのに上手とか下手とかあるのだろうか。だいたい基準がないだろう。よく絵画展とかに赴いて、素人目からすると何だこんなのが絵か?と思えるような作品が、実は何億円もの価値があったりするものだ。

 要はどれだけ創造者の魂が込められているか、人々の感動を呼ぶかというところなのだろう。芸術作品の価値というのは。価値ある作品について、何じゃこれ?とか思うようでは、まだまだ感受性が鈍いということだな。もっと感性を磨かなければ!

2012-05-14 トラックバック:(-) コメント:(0)

純心 邪心

 イエス・キリスト様の教えの中にな、「財産を持つ者が天国へ行くというのは、ラクダが針の穴を通るより困難なことだ」とかいうのがあるんだよ。

 天国というのは神様のいる国ということだ。俗世の煩わしさも何にもない世界だ。

 この「ラクダが針の穴を通る」というのが、何とも愕然とするのだが。

 財産を持つ者というのは、俗世で稼いだ者だということだ。俗世というのは煩わしくて冷たいものだ。そういう中で上手くごまかしたりしながら金銭を得てきた者だということだ。

 そういう者は天国へは召されませんよ、ということだ。

 これはね、子供のように純心にならなくてはならない、謙虚であれという教えなのです。

 人間というのはね、加齢につれてズルがしこくなってくるものだ。ひねくれてくるものだ。俗世の者はみんなひねくれたのばかしだ。特に俺はひねくれてるよ。

 でもこれが普通なんだよ。純粋であるということは、世の中ではあまり、というか全く評価に値しない。むしろいろいろなことにまみれ、もまれ、ズルがしこくなってゆく、冷たくなってゆくというのがむしろ普通なんだ。

 そうであるからこそ、このイエス様の教えというのは存在価値を持っている。

 こういう時こそ、初心に帰ろうということなんだよ。

 それにしてもラクダが針の穴を通るっていうのが、アリかとも思うが。

 このようにキリスト教の教えというのは、だから何なの?と言いたくなるような至極当たり前のことを、説得力をもって説いてるんだな。だからナルホドと思ってしまう。

2012-05-13 トラックバック:(-) コメント:(0)

今日は母の日

 本日の朝日新聞で読んだんだがね。戦争で命を落としていった若者たちの手記が掲載されていたんだ。

 回天とか特攻とか知ってるか。人間弾丸だ。これで戦争中、多くの若者が命を散らしていったんだ。

 犠牲になった人たちにとっては本当に気の毒だったがね。いくら祖国のためとはいえ。でも国のために命をかけるというのは、まるで桜が散る光景を見るようで実に美しいよ。

 犠牲になった彼らの思いがしたためられた手紙が載せられていたんだ。

 内容は、というとね、

 まずは「お母さん」という文言ではじまる。

 私の生命はあと数時間で戦争のために消えてなくなる。死ぬことは決して怖くない。怖いのはお母さんが悲しんで涙を流すことなんだ。

 と、こういう内容だった。

 もう既に死への覚悟は出来ていたということだな。でも自身が死ぬことにより、悲しむ人が周りにいる。そういうのがとても心配だということだ。

 人間性という観点からみた場合どうだろう。これ以上、洗練されるものか。最高の境地に立っている。

 お母さんが悲しむことが一番辛いんだということなんだよ。どうだい、泣けてこないか。特攻とかで命を落としていった若者たちは「お母さん」「母ちゃん」という思いが一番こもっていたんだよな。

 ということで、今日は母の日だぞ。

2012-05-13 トラックバック:(-) コメント:(0)